【タックスヘブン税制編】
シンガポール進出を計画する時の税金の考え方 租税回避を含む)
特集
2023. 9. 27
タックスヘブン税制については色々な税理士事務所やJETROなどのが「外国子会社等」の定義や資本・取引の判定基準について取り上げているため、ここではより実務に近くシンガポール進出を計画する時に参考となる考え方について取り上げていきたいと思います。(読者の方はタックスヘブン税制の判定基準などは既に目を通していることを想定して以下書いていきます。)
実務に入る前に見ておきたい判例
過去にはかなり大掛かりなケースにならない限り訴訟にまで発展しなかったタックスヘブン税制ですが、ここ4~5年でようやく判例がでてくるようになってきました。そのため、具体的な海外取引を行う際、特にこれらの国や企業誘致のため法人税の減税措置を行っている国への進出には注意が必要です。
2017年: デンソー(シンガポール子会社)-最高裁判決
2021年: サンリオ(香港・台湾)-東京地裁
2022年: みずほ銀行(英領ケイマン諸島)-東京高裁
2022年: 日産(英領バミューダ諸島)-東京高裁
上記のような事例を研究することにより、具体的なYES/NOが見えてくるため、判例の検証はしておきたいです。
日本でEC事業を行っており、税理士の知り合いからのアドバイスで、シンガポールに「物流統括機能」を持つ現地法人を設立し、日本で計上している売上をシンガポール法人で計上し、将来の利益として積み上げておきたいのですが、本当にできますか?
このような問合せは正直シンガポールにいると少なくないです。単なる「物流拠点」としての設計は要注意です。では、正しく拠点設計をするために、どのような準備が必要でなぜほとんどのケースで適正にできていないかを詳しく解説していきましょう。また、見出しにある「タックスヘブン税制」や租税回避とどう関係してくるかも、わかりやすく説明していきます。
なぜほとんどのケースで適正ではないか?
- 現在の日本法人の利益を分散しているだけの設計
まずは、この図①をよく見てみましょう。シンガポール法人を取引の流れに突っ込んだだけのシンプルな設計です。またAさんは継続して日本に在住されるため、海外子会社等の実態基準も満たしておらず、伝票や請求書の宛先が変わるだけという形です。10年ほど前はこのようなシンガポールでの「ペーパーカンパニー」と呼ばれる会社が乱立していましたが、現在は全くトレンドではありません。 - 日本国内でのEC事業は売上の源泉は日本国内にある
図 ①の一番左を見るとEC事業の源泉はアマゾン日本と楽天のプラットフォームからの売上で成り立っており、日本の消費者向けに事業を営んでいることをしっかり認識しましょう。後ほど「Solution」欄でも触れますが、日本の消費者向けにあげた利益は原則日本国内での納税という原理原則を守ることは経営者として重要なことです。 - 誰か別の人間に株主や役員になってもらうのは?
これも原則NOです。例えば、安易な考えで提案があるのが、シンガポール法人の株主を別の方になってもらい(ノミニー株主の名義貸し)、全く第3社のアドバイザリー取引とするのはどうですか?と。上記は【移転価格編】でも触れましたが、タックスヘブン税制の判定基準には管理支配基準というものがあり、実際上経営をしていた人間は誰かという点でいえばAさんという事になるでしょう。シンガポールでは冒頭に触れた訴訟以外には「レンタルオフィス事件」という名前のケースがあります。このケースではレンタルオフィスが管理支配の場所としてフォーカスされていましたが、実態ベースで視るとかなりグレーな設定と言え、現代では通用しない設計です。
移転価格税制については以下をご参照ください。
では、Aさんはシンガポール法人を設立する価値は税務上あるのか?
原則論として、現在のままでは価値はないと断言できるでしょう。その理由としては税務上、タックスヘブン税制での認定は間違いなく、①シンガポール法人で計上した利益は日本税法上課税対象になること、②シンガポール法人の運営コストは純粋なキャッシュアウトとなり、日本法人だけで運営していた時と比べて全体のコスト増になることが理由です。
但し、少しだけ「事業マインド」を高めることでグループ事業を拡大するきっかけにもなります。実際にそのように売上を拡大し、全体利益を大幅に伸ばす日本人もシンガポールにいらっしゃいます。
図①にあるような「小手先」の考えに惑わされず、事業マインドを持ち改めて考え方を整理する上で、以下3つのSTEPを解説します。今後のプランニングの参考までに。
Solution 1: 現地取引先とのパートナーシップを検討(管理支配基準)
EC事業では多言語化を駆使した最適拠点としてシンガポールから「英語圏」、「中国語圏」、立地を活用した「東南アジア圏」という巨大市場が狙えます。そのため図②のように現地ビジネスパートナー(既に海外ECプラットフォームを持つ)との提携により、Aさんが海外仕入商材をBさん法人に任せることでボリューム取引によるコストダウン、更に国内仕入商品の海外卸売による売上拡大という流れを形成することが可能です。(赤い〇印の最大化)
まず、このステップを踏むことで海外市場を視野に入れた進出準備ができます。
前述の図①では、シンガポール法人の株主や経営はAさんが担っていましたが、図②ではビジネスパートナーでシンポガール在住のBさんとの取引となり、標題にあるタックスヘブン税制における経済活動基準の一つ「管理支配基準」には該当しません。純粋にBさんがシンガポール法人のオーナー兼役員としてAさんがシンガポール法人の経営に口をはさむこともないでしょう。
Solution 2: 現地取引先とのパートナーシップを検討(実体基準)
先ほどの管理支配基準同様に、経済活動基準の一つ「実体基準」においてもシンガポール法人の事業活動はBさんがシンガポールでAmazon(シンガポールやUS)、現地ECプラットフォーム大手のShopeeなどと契約をし単独で行っているため、シンガポール法人がAさんの日本事業に対しての外国関係会社になることはないでしょう。
Solution 3: BさんとJVでの海外デジタルマーケティング会社の設立
Solution1を実施した後のSTEPになりますが、EC事業の性質上、よくある事例として以下の流れに発展するケースを多く見かけます。現地取引先とのパートナーシップで日本国内売上や海外卸売取引が増加したところで、より成長の見込める海外市場強化を行うため、Bさんと一緒にシンガポールにJVを設立するケースです。
海外市場強化に向けて、デジタルマーケティングの広告費、フォワーディング業務、展開地域における決済代行業や商品代回収の引当金など様々な追加コストや業務が発生してきます。税務上の事業実態はこのJVには必ず必要となります。東南アジアエリア内でも多くの新興国はEC決済がCOD(現金払い)が主流で引当金取引などもでてきます。
そのため、海外市場で稼いだ売上については、このJVへの投資として使用し、日々の広告費やスタッフコストに充当していく事業上の自然な流れができあがります。(図③を参照)
上記のようなケースは「移転価格税制」のみを考えるべき問題ではなく、その他税法上の課題をしっかり確認した上でシンガポール進出や移住方法を決定するべきでしょう。それでは「移転価格税制」の分野でシンガポール進出時に注意する点を中心に事業目線で検証していきましょう。
タックスヘブン税制の将来像
冒頭でも書きましたが、現在東南アジア諸国はシンガポールの成功例にならい、外国企業投資誘致のため、法人税率の値下げ合戦をしています。国家インフラ・人材獲得・通貨の安定性・教育レベルなどの総合的な点では、まだまだシンガポールの優位性は変わらないと見ていますが、将来的には当然追いついてくるでしょう。シンガポールの最大のネックであるコスト高と市場規模の小ささがあるため、日系企業だけでなくその他外資系企業もバンコク、クアラルンプールなどを東南アジア拠点に選ぶ企業もでてきました。
国名 | 現在の実行(基本)税率 |
シンガポール | 17%(←20%:2010年) |
タイ | 20%(←23%:2016年) |
マレーシア | 24%(←25%:2016年) |
インドネシア | 22%(←25%: 2020年) |
フィリピン | 25%(←30%: 2020年) |
ベトナム | 20%(←22%:2016年) |
国名 | 現在の実行(基本)税率 |
シンガポール | 17%(←20%:2010年) |
タイ | 20%(←23%:2016年) |
マレーシア | 24%(←25%:2016年) |
インドネシア | 22%(←25%: 2020年) |
フィリピン | 25%(←30%: 2020年) |
ベトナム | 20%(←22%:2016年) |
最近は米国でも21%という流れになっており、単純な実行税率(累進課税か優遇税率適用後なのかなど)を見ても一概に「低税率国」とは判断できない環境になってきました。そのような環境下では、将来的に日本から見てタックスヘブン対象国が拡大し、現地税制と絡めて益々複雑化していくことは簡単に予想できます。また、日本の法人税の今後の動向も、日本経済自体が高齢化の波による事業承継下でどこまで日本を魅力的な経済環境にしていくかなど、注意深く見守っていく必要性がありそうです。